M&Sの社内では、かつて、プランAにあたるものをCSRと呼んでいたが、CSRという言葉を使うと、人々の偏見が入っていた。
CSRを実施していくなかで、M&Sの前従業員8万人のうち100人位の人々が「我々は悪いことをしているのではない」と信じていて、サプライチェーン上で何が悪い行いなのか、我々の食物に使用されている農薬が何か、魚介類は持続可能なものが使用されているかなどをCSRの重要事項を確認していた。しかし、その他の約8万人の人々は、その重要性に気が付かないまま、ただ実行していただけだった。プランAでは、すべてがサステナビリティに関連している。それはマネジメントをただ変えるのではなく、ビジネスを変えることだ。 このことは、「その他の約8万人」をエンゲージメントしなければならないことを意味した。
プランA導入当時、私は、M&SのプランAに興味がある小さなチームの一員だった。しかし、そのチーム自体は、購買を行うわけでも、店舗のオペレーションをするわけでもない。 チームは、M&Sで働く人々がそれぞれの仕事において、サステナビリティを意識して働いてもらうことを必要としていた。つまり、従業員のエンゲージメントがとても我々にとって重要で、プランAのすべてだといえた。
それは、ただ単に、従業員がプランAの意味していることに日々気づくだけではない。プランAを実施する為に今までと違うやり方で仕事をして、環境保護や社会に貢献し、ビジネスもより良くしていくことだ。それらすべてが、M&Sで働く人々に関係することなのである。
我々が考えるエンゲージメントには、2つのタイプがある。それは、ソフト・エンゲージメントとハード・エンゲージメントだ。 ソフト・エンゲージメントは、感情に訴えるものだ。M&Sの人々がプランAに沿って仕事をすることは、”Do the right thing”「正しいことをする」ことで、良い変化をもたらすものだと認識している。
我々の実施している戦略的CSRをプランAではなく、M&Sのサステナビリティプランと呼ぶこともできたが、それではつまらないと思った。“Plan A, Because There is No Plan B”「プランA、プランB(代替案)はありません」というキャッチフレーズであれば、M&S全員が覚えることができ、ゴールに向かわせることができる。
M&Sの人々が実施することは、食糧の量を減らすこと、パッケージの量を削減、森林認証品や持続可能認証を受けた漁獲、ベターコットンの使用などのサステナブルな調達を実施すること、我々の店舗での気候変動に関するカーボンフットプリントの削減などで、これらはすべてプランAといえる。我々は、従業員に今までと違うやり方でビジネスを行うことを必要としている。これがプランAと呼ばれるもので、M&Sの人々にとても印象的で覚えることができるものだ。
M&Sには「プランAチャンピオン」と呼ばれるプランAの熱心な推進者がいる。英国は750、海外は、400のストアがあり、それぞれのストアで「プランAチャンピオン」が、自分達の遂行すべきプランAを積極的に実施している。 また、プランAチャンピオンを表彰する制度があり、ビジネスの中でのヒーローをお互いに理解することができる。この点でもプランAは非常にパワフルである。これがソフト・エンゲージメントで、感情に訴えるものである。我々は、日々の基本の中で、サステナビリティを感じながらどのようにビジネスを実行できるかを考えなければならない。
ハード・エンゲージメントは、プランAのパフォーマンス測定を組み込むことだ。 我々は、エンゲージメントを推進する際に、プランAをビジネスとしてコントロールするために、図表や数字、システムを使用している。プランAを完全にビジネスとして実施する為にM&Sの部長は経営目標としてプランAの目標を持ち、それはボーナスの査定の一部に連携している。ビジネスの目標がプランAを推進するものであり、M&SのプランAのパフォーマンスについては取締役が確認し、何がうまくいってるのか、いないのか、何を改善する必要があるのか、が分かるシステムとなっている。
このソフトとハードの2つのエンゲージメントが、社内で一緒に機能して、ビジネスに統合されたプランAが作られている。これが我々が実施しているエンゲージメントの概観だ。
M&Sの社内では、かつて、プランAにあたるものをCSRと呼んでいたが、CSRという言葉を使うと、人々の偏見が入っていた。
難しさは2つある。 1つめの「難しさ」は、プランAがあまりに大きいということだ。プランAは、我々が取り組む必要がある社会・環境に関する100(※インタビュー当時。現在は180)を掲げている。
店舗で従業員にこれを覚えてもらうのはとても難しい。そのために、多くの従業員に自分達がそれぞれしなければならないことを割り当てて、個々の実施事項を少なくしてプランAを覚えてもらった。それでもまだ非常に大変で、時々従業員に対して、プランAで何をすることが必要なのかを説明した。今思い出してもこれはとても大変な作業だった。
2つ目は、いつも短期的視点と長期的視点との戦いである。英国の小売店にとって、クリスマスでとても重要な時期だ。何かを売ることを試みている。すべての人々に対して市場で販売することは非常に難しく、すべてのハイストリートで、難しさを見つけている。
我々は、5年、10年、20年後にあるべき姿について考えることを社内でお願いしているのだが、一方でそれぞれ、今日しなければならないことの課題も抱えている。その上で、我々は、M&Sの5年・10年・20年後に最も持続可能である為の投資の方法を見つけ出すことが求められる。それが実現できれば、我々は、短期的視点としても、「お金を蓄えること」、また、「顧客とともに”Do the right thing:正しいことをする”優秀な従業員をもつことができること」という恩恵が受けられる。
全ての恩恵は、今日のものであるとともに、将来のためのものでもある。従業員のエンゲージメントは、いつも短期的視点と長期的視点の間でのバランスである。
他のステークホルダーグループに対してはそれぞれ違った課題を設定している。
投資家は、我々に何が将来におけるビジネスのケースなのかを聞いてくる、どのようにビジネスを継続する為にお金を儲けるのか。我々は、時々返答に苦労する。
グリーンピースやオックスファムなどのNGOは、彼らの実現したい目標について、より早く実施するように我々に促してくる。彼らは、我々がなぜ短期的視点の問題について危惧するのか理解できない。地球を守る為ということはもちろん、売上の数字を説明しなければいけないこと、彼らNGOとのプロジェクトも我々のビジネスとして実施すること、について何が課題なのかを見せることも必要だ。彼らにも短期的視点と長期的視点について理解してもらわなければならない。
顧客については、日本でもそうだと思うが、英国にもディスカウントの小売店がある。とてもとても安い価格で販売している。お金がない人々は、そこでショッピングをする。
我々M&Sの店舗には、1年間に3千4百万人の顧客が訪れる。我々が顧客に説明しなければならないことは、我々がプランAを実施する際に、顧客に対して製品のコストが増加することについてではなく、顧客が求めるものを止めさせるのでもなく、サステナビリティに沿ったより良い方法を顧客に提供していることを説明することである。
そのために、M&Sがどれだけそのことについて一生懸命に仕事をしているかを伝えるために、環境・社会に与えるネガティブな影響やその戦いについて説明をしている。
全てのステークホルダーグループは、異なる問題を重要視しているので、我々はそれぞれに対して説明する必要があるのだ。
多くの顧客は、プランAレポートなどを読んだりしない。顧客については、違うアプローチが必要だ。
顧客の多くは、詳細を聞くことを望まない。顧客はM&Sに対して、ただ良く働く従業員をのぞみ、同時にフェアトレードコーヒーやFSC、MSC認証の持続可能な製品についての情報も知りたがる。M&Sがきちんとした方法でそれらを購入しているか、これらの単純な製品群については理解する。
また、顧客は、M&SがグリーンピースなどのNGOや政府と何を議論しているかについても知りたがる。
顧客がサステナビリティに関して参加したり、我々と一緒に達成したい項目はとても少ない。そこで我々はプランAの中で「顧客を巻き込む」という柱を設け、13項目について一緒に実施しようとしている。
我々が顧客と一緒に実施したいのは、衣服のリサイクル、バッグの持参、パッケージを見つける等で、これらのことを顧客に覚えてもらう。 ただ単に食料を購入するために立ち寄る顧客に、レジ袋はゴミとなるので使わないように促し、バッグを持参することを伝える。
他にコーズ・リレーテッド・マーケティングの製品を通じて寄付をしてもらうこともできるし、リサイクルを促し埋め立て処理に回さないことにも貢献してもらうことができる。
M&Sが水面下で考えている多くのサステナビリティに関することについて、仕組みを作ることにより、顧客に参加してもらうことができるのだ。
プランAレポートのターゲット読者は大きく分けて2タイプである。
年1回発行されるプランAレポートは、M&Sが特定しているステークホルダー(顧客、従業員、株主、サプライヤー、政府、NGO)に対しての活動報告であり、大きなターゲットの読者であるが、さらにM&Sが選らんだ200人のキーとなる人達に送付し意見をもらうこととしている。この意見はM&Sにとっては非常に貴重なものだ。
また、M&Sがより重要と考えているのは、社内のマネジメントチームに対するプランAの報告である。これは、マネジメントチームの意思決定に使用されるものだ。
年1回発行されるプランAレポート以外に、M&Sは、社内のマネジメントチームにプランAがどのように機能しているかを理解してもらうために定期的に情報を提出している。
プランAとして、7つの大きな柱の下、180の項目において、例えば、エネルギー使用や、水の使用、ゴミの管理などに関して、また、財務的な資産変化についても、どれだけコマーシャルセールスをしたか、どれだけ純利益が出たか等、様々な情報を集め、我々のチームがすべての情報を一緒にして、月1回、過去12か月間の情報を掲載し、M&Sの実績について分析した社内レポートを発行している。
我々M&Sは、世界で40番目の規模の小売店で世界では大きな方ではないが、M&Sのサプライチェーンは、2千の工場と2万の農場、綿花や木材、魚、土、パーム油などの原材料調達においてのサプライチェーン上で、約2百万人が働いていて、とても多くのことが起こっている。
我々は、特定したサプライヤーから原材料などを購入していて、そのサプライヤーに非常に近いところで働いている。我々は、プランAで何をしているか、我々が何を目標としているかをそれらサプライヤーに共有するために、世界の約1,000のサプライヤーとともに英国で年次会議を開催している。
情報を共有することは、我々が必要とすることをサプライヤーに理解してもらうのに役立つ。なぜサプライヤーが我々の基準を満たすのか、より持続可能にビジネスケースとして実施する必要があることを理解してもらえるからだ。
「プランAを取締役会にビジネスケースとして持ち込むにあたっての10の考え」について以前お話したのは、次のものだ。
我々にとって、取締役をエンゲージメントするのに重要なのはビジネスケースだ。
プランAは、戦略であり、競争で、我々を取り囲むすべてのことであり、我々が取締役と一緒に問題を解決することだ。マーケットは厳しく、多くの競争、多くの短期的な視点の圧力がある。
しかし、我々は、プランAについて、取締役とともに働くために、サステナビリティが今日でも明日でもとても価値があるということを説明し、理解してもらうことが必要なのだ。
最初の段階で一番苦労したのは、プランAを説明する為に、関連するすべてのビジネスケースを書きあげることだった。プランAをビジネス戦略として提案する為に、環境・社会の課題とビジネスとを繋ぎ合わせるのにとても苦労した。
プランAをビジネスとして一緒に実施していくことを社内の人々に理解してもらうためにとてもハードに推進していかなければならない。
M&Sのリーダー達は、基本的に良い人達なので、プランAを完全に排除することはしなかったが、プランAの導入を望まない人もいた。
そこで、ビジネス上で負の影響を及ぼすことに関連したことを話し合っていった。
その中にレピュテイション・リスクがあった。レピュテイション・リスクにおいて、我々が説明したのは、リスクを超えて、他のビジネスの機会となるということである。
例えば、より弾力性・回復性があるようになり、より効率的に、より清潔に、より早く実行するといったことができるようになる。これは、顧客に対して差別化を図るという観点からも同じだ。
このことから、我々がビジネスリーダー達に戦略的CSRを説明することは、なぜ弾力性・回復力などが重要なのかを説明することと同じだということだ。日本企業内で説明する際にも、戦略的CSRの導入において、何が関係していて、何がビジネスのケースか、競争についても始まっていることを説明することが必要だ。
また、他の競合他社はどのようにしているのか等、外部の情報を集めることも重要だ。
そして、最初の段階では、ジグゾーパズルの写真を全て集めてきてそれを作っていくことをしていかなければならない。
その次のチャレンジは、スキルと能力に関してで、自分の組織が正しいスキルを持っているか確認することが必要だ。それらはたまにイノベーションテクノロジーチームで見つけるかもしれない。
日本企業は、テクノロジーとイノベーションに優れ、多くの日本企業の人々は問題解決の考え方にとても優れていると思う。これらの人々をエンゲージメントすることも必要だと思う。
今までお話した中で、私自身がプランAの導入の最初の段階で、感じた難しさや苦労をお話させていただいた。日本の企業のCSRのセクションで働く皆さんに参考になる部分があれば、是非活用していただきたい。
またそれ以外私からお話できることとしては、シーソーの観点からの話だ。
シーソーの片一方には、とてもネガティブな圧力がある。消費者はこれ以上環境配慮製品等にお金を払いたくない、政府は社会・環境課題に対する法制化をしない、投資家は環境配慮を後押ししない等、これではサステナビリティに関して多くの事を実施することはできない。
しかしもう一方では、ポジティブな圧力も得ることができる。石油や天然資源については、入手が困難になる等で、よりコストが高くなることが予想され、商品の仕入れ・製造コストがよりかかるようになるのがその例だ。
このシーソーの考え方があれば、サステナビリティについての理解を深めてもらえるとともに利用することができる。是非ネガティブな視点だけでなく、ポジティブな視点を見つけ出して活用していただきたい。
我々のマーケットには、サステナビリティを阻害する様な要因も出てきている。新しいビジネスモデルも発生して、どのようにビジネスをするかという脅威となってきている。
このような背景で、私の仕事は世界のリーダーシップにサステナビリティの方向性を持ち込むことだ。これは我々が将来に引き継ぐべきことで、日本にいる私と同じような仕事をしている人々も実施する必要があることだ。
これらの話が日本のCSRに関係する部署で働く皆さんの活動の一助となれば幸いだ。
お話を伺った方
マークス&スペンサー サステナブルビジネス部長兼プランA部長 マイク・バリー氏
2007年、彼は小さなチームの一員だったが、そのチームが、マークス&スペンサーの画期的なCSR戦略であるプランAを開発し、発表した。マイクは、M&Sが世界で最も持続可能なスーパーマーケットになるために、M&Sの大望の実施責任者であり、最高経営責任者(CEO)への報告を行っている。彼の仕事は、そのグローバルな販売チャネルとサプライチェーン全体において、サステナビリティをビジネスの中心に統合するために、M&Sのリーダーシップチームと協働することである。これは、ビジネス・ケースの開発、同僚のコーチングや指導、ビジネス•プロセスの変革、顧客・ステークホルダーのエンゲージメント、そしてビジネスモデルのイノベーションを含む。 2011年5月、マイクはガーディアンが初開催した年間最優秀サステナブル・ビジネス・イノベーターに選ばれた。彼は、世界環境センター議長、オックスフォード大学企業と環境のためのスミス・センター客員研究員、サステナブル・リーダーシップのためのケンブリッジ・プログラムのシニアアソシエイト、そして、BITCの環境リーダーシップ•チームに籍を置いている。 マークス&スペンサーに2000年に入社。前職はエンジニアリングセクターの環境マネージャー・環境コンサルタント。シェフィールド大学化学学部卒。
Twitter:@planamikebarry