下田屋氏は、デニング氏のストーリーテリングによる組織変革は、CSRの領域でも起こり得るという。
「ストーリーテリングの手法をCSR領域に応用したのが、『サステナブル・ストーリーテリング』です。大きく2種類に分かれ、一つは、世界銀行のように、『社内変革を起こすストーリーテリング』です。企業のCSR担当者から、トップの理解や他部署の協力がなかなか得られない、という話をよく聞きますが、多くの場合、『CSRは企業の本流や収益とは無関係』という認識が障壁となっているのでしょう。こうした状況を打破し、CSRの真の意義を企業全体に浸透させるのにも、ストーリーテリングは有効です」
CSRが企業にとっていかに有益であるかを、自社の背景や具体的な事例も含めた、ストーリーとして説く。印象に残りやすく、行動に結び付きやすいストーリーだからこそ、通常のプレゼンテーションでは成し得なかったトップの意識改革、社内変革を起こし得る、というわけだ。
もう一つは、幅広いステークホルダーを巻き込むためのストーリーテリングだ。
「企業がサステナビリティを打ち出す際、その背景には必ず、気候変動や食糧危機など、社会課題や地球規模のリスクがあります。ところが、そうした課題やリスクと、企業の取り組む活動とのつながりが、よく見えないケースがある。その結果、共感が得られず他人事に見えてしまう。社会課題やリスクなどの背景と、自社のCSRの概念、活動を一連のストーリーでつなぎ、分かりやすく伝えるのが、二つ目のストーリーテリングです」
企業のサステナビリティの延長線上に、社会のサステナビリティがあることは、CSR部としては当然の認識だろう。しかし、ステークホルダーとのコミュニケ—ションを振り返った時、両者のつながりを分かりやすく見せることができているだろうか。活動の背景、真の意義と切り離された情報発信では、相手の理解もそれなりのレベルで停滞してしまう。
既に欧州CSR先進企業では、ステークホルダーとのエンゲージメントにストーリーテリングを活用している。先進企業の例として、マークス&スペンサーの取り組みを紹介する。
マークス&スペンサーは130年の歴史を持つ、イギリスの老舗スーパーマーケットだ。「世界で最も持続可能なスーパーマーケットになる」という目標を掲げ、2007年に100のコミットメントからなるCSR戦略「Plan A」を発表。2010年にコミットメントを180に拡大、そして2014年に新たに「Plan A 2020」として2020年までの100のコミットメントを発表し活動を推進している。
Plan Aは新しく4つの柱から構成されているが、第一の柱の「インスピレーション(鼓吹)」として顧客への製品・サービス・経験が魅力的で持続可能なものとし、顧客を鼓吹していく、そしてマークス&スペンサーの活動に参加を促す、また、より持続可能な社会を構築するために同業他社へ良い影響を与えていくとしている。商品を製造・販売する自社にとって、ステークホルダーとのエンゲージメントを進めていくことは、Plan Aを実現する上で不可欠であることを明言している。
同社が展開しているストーリーテリングで、分かりやすい例が、不要な衣類を店舗で回収し、リユース・リサイクルする「ショワッピング」だ。ショワッピングを、自国の社会課題に紐付けたストーリーで展開し、消費者の共感を得ること、実際の行動につなげることを図っている。
「英国では、年間50万トン、10億枚もの衣服が埋立処理をされており、社会課題となっています。不要になった衣類を家庭ゴミとして捨てれば埋立処理されるだけですが、マークス&スペンサーの店舗に設置された『ショワップ・ドロップ・ボックス』に入れれば、再び服として役立てられたり、資源として有効にリサイクルされ、英国が抱えるゴミ問題解決に貢献できる。ショワッピングがいかに、自国が抱える社会課題の解決に貢献できるか、というストーリーを作ったのです」
2012年の開始当初は、服と引き換えに店舗で使用できるクーポンを配布していたが、認知度が上がった現在では、クーポン等の配布はしていない。それでも日々、多くの人がショワップ・ドロップ・ボックスに衣類を入れていくのは、活動の意義について、顧客の共感が得られたからこそだろう。