CSR活動を推進する上で、活動内容そのものと並んで重要な鍵となるのが、CSRの概念や活動を、いかに社内外のステークホルダーに浸透させるかだ。元来、CSRの根底にあるのは地球規模のリスクへのアプローチであり、一企業、ましてCSR部だけで解決できるものではない。ステークホルダーの理解・協力の下、包括的に取り組んでいくことが不可欠だ。しかし実際はどうだろうか。社内でさえ、担当部署以外では未だ「CSR=社会貢献」という理解が根強く、CSRはビジネスの本流とは別次元のところに置かれているケースが少なくない。
そうした状況の中、CSRを社内外に浸透させる方法として、今、欧米を中心に注目を集めているのが「サステナブル・ストーリーテリング」だ。イギリス・ロンドンに拠点を置くCSRコンサルタント、下田屋氏に話を伺った。

マークス&スペンサー

マークス&スペンサーは130年の歴史を持つ、イギリスの老舗スーパーマーケットだ。「世界で最も持続可能なスーパーマーケットになる」という目標を掲げ、2007年に100のコミットメントからなるCSR戦略「Plan A」を発表。2010年にコミットメントを180に拡大、そして2014年に新たに「Plan A 2020」として2020年までの100のコミットメントを発表し活動を推進している。

Plan Aは新しく4つの柱から構成されているが、第一の柱の「インスピレーション(鼓吹)」として顧客への製品・サービス・経験が魅力的で持続可能なものとし、顧客を鼓吹していく、そしてマークス&スペンサーの活動に参加を促す、また、より持続可能な社会を構築するために同業他社へ良い影響を与えていくとしている。商品を製造・販売する自社にとって、ステークホルダーとのエンゲージメントを進めていくことは、Plan Aを実現する上で不可欠であることを明言している。

同社が展開しているストーリーテリングで、分かりやすい例が、不要な衣類を店舗で回収し、リユース・リサイクルする「ショワッピング」だ。ショワッピングを、自国の社会課題に紐付けたストーリーで展開し、消費者の共感を得ること、実際の行動につなげることを図っている。
「英国では、年間50万トン、10億枚もの衣服が埋立処理をされており、社会課題となっています。不要になった衣類を家庭ゴミとして捨てれば埋立処理されるだけですが、マークス&スペンサーの店舗に設置された『ショワップ・ドロップ・ボックス』に入れれば、再び服として役立てられたり、資源として有効にリサイクルされ、英国が抱えるゴミ問題解決に貢献できる。ショワッピングがいかに、自国が抱える社会課題の解決に貢献できるか、というストーリーを作ったのです」

2012年の開始当初は、服と引き換えに店舗で使用できるクーポンを配布していたが、認知度が上がった現在では、クーポン等の配布はしていない。それでも日々、多くの人がショワップ・ドロップ・ボックスに衣類を入れていくのは、活動の意義について、顧客の共感が得られたからこそだろう。

Plan Aおよび、ショワッピングの詳細は、マークス&スペンサーへの取材記事でも紹介している。
マークス&スペンサーが実践するサステナビリティ
顧客を巻き込む「ショワッピング・キャンペーン」


自社の「ストーリー」を掘り起こす

では、自社で「サステナブル・ストーリーテリング」を展開するためにはどうしたら良いのだろう。相手に行動したいと思わせるようなストーリーの作り方とは?
「ストーリーは、自社のことを良く知る社内の人が自分達の言葉で思いを伝えるものであり、共感を呼ぶものでなければなりません。また見せかけのストーリーは、すぐに見破られてしまいます。自社がCSRに取り組む意義、原点と改めて向き合い、CSR部が中心となって、企業姿勢を示すストーリーを構築するほかないのです」

ただ日本企業の場合、特に環境分野では、CSRに取り組む原点が法律遵守・公害対応というケースも少なくない。あるいはコスト削減など、ネガティブな要因の場合もあるだろう。そうした場合でも、有効なストーリーは作り得るのか。

「法律遵守がきっかけであっても、その法律ができた背景には、気候変動などの地球規模の課題があるはず。自社の取り組みがどのように地球規模や地域の課題を解決することに役立っているのか改めて考えると、なぜ企業として取り組んでいるのかがより明確となります。そのストーリーが共感を呼ぶものであれば、社内外での理解が増え、さらに一歩進んだ活動となります。また、他社やNGOとの協調行動を起こすことにもつながるかもしれません。コスト削減についても、例えば、エネルギー消費の削減を徹底して行うことで、二酸化炭素の排出量の抑制につながり、また水使用の削減では、海外での水不足、特にサプライチェーン上では現状でも顧慮が必要であること、また今後迎えるかもしれない水資源の枯渇への啓蒙につながるとともに、将来に備えることができます。こうした原点、精神まで遡れば、共感を呼ぶ、有効なストーリーを構築できると思います」

下田屋氏は、「サステナブル・ストーリーテリング」の可能性について、こうまとめる。
「一部の先進企業を除いて、CSRは、企業のメインストリームには位置付けられていない状態があると思います。そのために、他部門からも協力が得にくく、企業全体で推進することが難しくなっています。でも、サステナブル・ストーリーテリングで、企業のトップ・経営層の理解を得て、社内の他部門の従業員を巻き込むことができれば、CSRはマーケティング戦略とも結びつき、顧客や株主、NGOなどの社外のステークホルダーをも巻き込むことができる。『サステナブル・ストーリーテリング』は、CSRと企業戦略を結び付け、CSRを企業のメインストリームに置くことをも可能にするツールだと考えています」

現状打破の鍵と成り得る「サステナブル・ストーリーテリング」。CSRの原点を改めて振り返り、自社のストーリーを掘り起こしてみてはいかがだろうか。

下田屋 毅氏
Sustainavision Ltd. 代表取締役

IMG_4327.JPG

イギリス・ロンドン在住
CSRコンサルタント
ビジネス・ブレークスルー大学講師(担当:CSR)
国際交流基金ロンドンCSRセミナーシリーズ2011/2012プロジェクトアドバイザー

1991年大手重工メーカー入社、工場管理部にて人事・総務・採用・教育・労使交渉・労働安全衛生等を担当。労働安全衛生主担当として、「安全衛生管理要綱」作成、「安全内部監査制度」を企画・導入。2002年環境ビジネス(R.P.F.製造)新規事業会社立上げに参画、その後2007年7月渡英。英国イースト・アングリア大学環境科学修士、英国ランカスター大学MBAを修了。日本と欧州とのCSRの懸け橋となるべくSustainavision Ltd.を2010年英国ロンドンに設立。英国IEMA認定サステナビリティ(CSR)プラクティショナー資格講習を2012年より日本にて定期開催。


Sustainavision Ltd. Webサイト
http://www.sustainavisionltd.com/