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企業のESG情報はどのように収集・活用されているか

ESG情報開示の傾向


━━━昨今の企業の情報開示の傾向をどう見ていらっしゃいますか?

エルダーズ氏:

Corporate Knights、Sustainable Stock Exchanges Initiativeの最近の調査では、世界の地域別データの情報開示についての調査結果があります。
一般的に私たちが感じているのは、開示スコアは高くなってきているものの、企業の規模によって開示項目は異なり、カバーする範囲も異なるということです。また最近は、急激にスコアが伸びるということはありませんが、徐々に開示が増えてきています。特に大企業は情報開示を進めているため増加が見られますね。そうしたデータが、Corporate Knightsの調査結果に記載されています。

━━━最近、企業が情報開示を積極的に始めた項目などはありますか? たとえば、2011年3月に国連が「ビジネスと人権に関する指導原則」を発表していますが、その後人権に関する情報開示が進んだということはあるでしょうか?

エルダーズ氏:

その質問は、ブルームバーグのESGチームが抱えているひとつの問題と関係しているのですが、私たちのデータベースではすぐに開示項目の追加をするということが難しいのです。企業が新たに情報開示を始めた項目というのは、開示をしている他の企業数が少ないためです。項目を追加しても、他企業でデータの開示がなければ入力することができないということですね。最近では、たとえば児童労働方針や人権方針についての項目をデータベースに追加しました。他社のデータベースとの比較も随時実施しており、項目については見直しをしていますが、企業が新しく情報開示をし始めたデータを単純に集めたりはしていないのです。

━━━企業はサプライチェーンについても情報開示を求められることが増えています。ブルームバーグのデータベースでは、どこまでを対象にしているのでしょうか? 自社工場までか、それとも子会社、あるいは取引先の工場までも対象にしていますか?

エルダーズ氏:

私たちのデータでは、企業のサプライチェーン上にある取引先の企業情報までがすべて入力されている、というわけではありません。サプライチェーンに関しては、サプライチェーンの方針の有無、カーボンフットプリントのスコープ3(サプライチェーン対象)についてはデータを集めています。
また、特定の企業の主要取引先情報も確認することができます。これは、特定の企業が、自社のサプライヤーについての情報開示をどのように実施しているかによって決まります。たとえばH&Mでは、67のサプライヤーの情報について定量的な情報が開示され、その他223のサプライヤーのデータも開示されています。しかし、サプライヤーの中には情報開示が進んでいない企業もあり、そのサプライヤーについてのデータをブルームバーグが持っていない場合もありますね。

ESGデータベースのサプライチェーン表示画面。調べたい企業(画面の中央)に対して、左側にサプライヤーのリスト、右側に顧客企業のリストが表示される。2次サプライヤーも追うことができ、各サプライヤーに対する依存度も分析できる。

━━━食品会社が取引する農家などについては、サプライヤーとしてどのように見ているのでしょうか?

エルダーズ氏:

基本的に、企業の情報開示に基づいてデータを掲載しています。農家については、ユニリーバやネスレなどは、ポリシーの中に農家についての記載があったと思いますが、そうした農家が非常に大きく、上場企業である場合などであれば、ESGデータをブルームバーグでも持っているでしょう。

━━━機関投資家が興味をもっているESGデータの範囲・要素にはどのようなものがありますか?

エルダーズ氏:

機関投資家はブルームバーグの主要なクライアントです。欧州の機関投資家からは多くの関心が寄せられており、アメリカにも関心の高い投資家がいます。しかし、日本の機関投資家の関心は非常に少ないですね。その要因のひとつには、日本の年金基金などはESGの情報開示についてプレッシャーをかけていないことがあるでしょう。

━━━欧州やアメリカでは、ESGの情報開示に対する機関投資家の関心は高くなっていると考えてよいでしょうか?

エルダーズ氏:

高くなってきていますね。特に大きな変化は、SRI(社会的責任投資)の割合が、メインストリームの中で非常に顕著に増えているということです。非常に多くの投資家が、社会・環境についてのデータに関心を持ち、気候変動などについてのデータに理解するようになっていて、こうしたESGデータについて配慮するようになっています。

━━━欧州の機関投資家が特に関心を持っているデータは何でしょうか?

エルダーズ氏:

欧州の機関投資家が高い関心を示しているのは、気候変動に関すること、それから安全に関わることです。これは、BPがメキシコ湾でディープウォーターホライズンの爆発事故を起こした後に、安全がどれだけ大切かを投資家が理解し関心が高まったためです。
南アフリカでは、Lonminの労働者が労使の対立で死傷者を出すなどの事件もあり、従業員・労働者の安全、温室効果ガス、エネルギー使用、そして水のデータについても多くの機関投資家が高い関心を寄せ配慮するようになってきています。日本のアナリストの黒﨑美穂氏によると、現在日本で関心が高いと思われるのは、女性取締役の割合ですね。

データベースを活用して、ESGに関連するリスクと機会の分析も可能。識字率やPC・携帯電話の普及率といったESG関連テーマを国ごとに適用し、企業の業績への影響を調べることができる。

━━━統合報告について、IIRCから最終報告書が2013年12月に出されましたが、それに合わせて投資家はどのようにESGデータを活用していくと思われますか?

エルダーズ氏:

IIRCのフレームワークによって、グローバルに情報開示が進んでいくと思います。そのいい例として、南アフリカ・ヨハネスブルグ株式市場の上場企業は統合報告が義務づけられているため、ESGに関する情報開示データが非常に多くなっていることがわかっています。

━━━GRIのG4についてはどうでしょうか?

エルダーズ氏:

GRI G4を企業が使用することになっても、ブルームバーグとしてはそれほど変わりはないですね。それは、開示基準が何であってもデータベースの項目は変わらないためですが、もしGRI G4を使用するようになって企業の情報開示の傾向が変わってきた場合には、その部分を項目に追加するなどして、データを取り込むようにしていきたいと考えています。

━━━日本企業のトレンドや、他の地域との違いがあれば教えてください。

エルダーズ氏:

ESGの情報開示については、日本企業は一般的にとても良くできていると思います。かつては日本企業は、情報開示が国内のみを対象としていたという問題がありました。今は国際的な情報開示が進んでいると思いますが、さらに実施する必要があると思われます。欧州の企業は、比較的情報開示に優れています。日本の企業も良くなってきていますが、より多くの国際的な情報開示を進める必要があるということです。
国際的な情報開示についての比較も、このデータベースを活用することで可能です。平均値等を比較して、情報開示が優れているか見ることができるようになっています。ポートフォリオもこのデータベースから確認することができるので、投資家にも非常に便利にできています。

━━━ブルームバーグのESG情報開示データの活用について、日本の投資家に対して何かアドバイスできることはありますか?

エルダーズ氏:

投資家は、まずESG情報開示データを見ることから始めるべきでしょう。投資家が社会的責任投資を信じるかどうかということはありますが、企業がエネルギー使用を減らしたり、災害件数の減少について取り組んでいるかどうかなどをデータから明確に見て取ることができます。また、企業のポートフォリオの中で、情報開示が少なかった部分にについて改善が見られることもあると思います。
欧米の投資家の傾向のひとつとして、ESG開示データが平均値より高いかどうかをチェックしたり、ベンチマークをしている他社との比較を行っています。こうした行動は、すぐに直接的に財務に影響を及ぼすことにはならないかもしれませんが、欧米の投資家が実施していることとして考慮すべきです。

━━━日本の投資家はSRIへの関心が低いため、その興味を作り出すところから始める必要があるとも思いますが…。

エルダーズ氏:

欧州でも、最初から関心が高かったわけではありません。英国では、年金基金がESGデータを考慮しなければいけない背景があり、そのプレッシャーから関心が高まってきた経緯があります。スカンジナビア半島の国々やオランダなどでは、年金基金が企業に対して独自にESG情報開示を求めてきており、そうした背景を元に、投資家がESGデータを使用するようになってきているのです。

━━━日本の年金基金はESGデータを考慮していないという状況がありますが、これについてどのように思われますか?

エルダーズ氏:

北米の年金基金は非常に保守的で、ESGデータを積極的に活用するに至っておらず、企業にプレッシャーをかけることもしていません。日本もこの状況に似ていると思われます。欧州の年金基金は、ESGデータの情報開示を企業に働きかけるなどプレッシャーを与えています。このように、年金基金からのプレッシャーの状況が変われば日本の企業のESGデータ開示もより進み、投資家の関心も高まるのではないでしょうか。

お話を伺った方

Senior ESG Analyst at Bloomberg グレゴリー・エルダース氏

Bloomberg L.P. 1981年、ニューヨークで設立。「情報を通じて世界の資本市場の透明性をより高めよう」という信念のもと、現在140以上の国・地域で金融、ビジネス、政治の政策立案者・決定者らに日々判断材料となる情報を提供している。
ロンドン、東京、香港、シンガポール、ドバイ、サンパウロなど72カ国に202のオフィスとニュース支局を持ち、従業員数は約13,000名。うち、日本社員は約600名。 日本語版Webサイト