Column:長時間労働でも、楽しそうならOKなのか?
昔々、鳥取に湖山長者というお金持ちがいました。 長者の田んぼで田植えをする日には、普段からお世話になっている村の人が集まり、楽しそうに田植えをします。長者は家の二階からその様子をにこにこと眺めていました。 田植えはどんど […]
2024年11月27日歴史的建造物と近代建築が密集するパリ中心部から、車で1時間ほど走ると、周囲の風景は驚くほど牧歌的なものに変わる。
緑豊かな森や畑、牧場がぽつぽつと点在する中に、Ferme MÛRE(ファーム・ミュール)はあった。
大きな木製の門を抜けて、まず出迎えてくれるのはオーナーの愛犬と、にぎやかな鶏たちの鳴き声。
どこか懐かしさを感じる土と草木と動物たちの匂いに包まれたこの農場のオーナーであるArnaud Dalibot(アルノー・ダリボ)さんは、パリで複数のレストランと食材店を経営している。
そのレストランの一つ、MÛRE Saint Marc(ミュール・サンマルク)はオペラ・ガルニエやルーヴル美術館からもほど近い場所にあり、平日のランチ時はすぐに席が埋まってしまう。近隣のオフィスワーカーたちから、野菜をふんだんに使用したメニューが美味しくて健康的だと人気なのだ。
本当に美味しい食材をたくさんの人に届けたい、もっと豊かで楽しい食生活をおくってほしい。
そんな想いからアルノーさんがつくりあげた農場とレストランを取材した。
アルノーさんが農場を始めたのは、2017年のこと。経験もノウハウもない0の状態からスタートしたと言う。
「元々はフィナンシャルとマーケティングが専門で、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)で働いていたんだ。グローバルなビジネスをしていたから、日本にも4年ほど滞在したし、アメリカで暮らしたこともあるよ。その仕事に不満はなかったけど、自分が本当にやりたいことは何だろうと考えて、ずっと興味があったエコロジーや食に関わる事業に挑戦しようと決めたんだ」
2012年に会社を辞め、2年の準備期間を経て2014年に最初のレストランをオープン。農場の前にまずレストラン経営を始めることで、つくった作物をスムーズに活用できる体制を整えた。アルノーさんが目指すのは、一部の富裕層向けオーガニック商品ではなく、誰もが手にできる価格で質の良いものを提供し、日常生活を豊かにしていくこと。レストランで使う食材をつくるために農場経営まで行っている例は他にもあるが、それらはいわゆるラグジュアリークラスのレストランで、気軽に通える場所ではない。
「僕が大切にしたい環境をこれからも守っていくには、たくさんの人が環境のことを考え、行動できる社会にならなければならない。一人ひとりの意識が少しずつ変わることで、大きな影響力になるからね。だからレストランや食材店のお客さんにも、環境の良い農場できちんとつくった作物だから美味しいということ、そして美味しい作物を生み出す環境を守る活動が大切だということを伝える工夫をしているんだ。具体的には、使い捨てカトラリーを不要と言ってくれたら10サンチームの割引、テイクアウト用にタッパーなどの容器を持って来てくれたら40サンチームの割引、というようにね」
アルノーさんはさらに、ともに農場やレストラン、食材店を経営する仲間も増やすことも計画している。次の冬には、ファーム・ミュールから45km離れた場所で2つ目の農場経営を始めるそうだ。
ファーム・ミュールでは、約12,000㎡の土地で140種ほどの野菜や果物の栽培を栽培している。にら、ねぎ、玉ねぎ、キャベツ、ケール、グロゼイユ、カシス、フランボワーズなど、季節ごとにさまざまな作物を収穫できるが、特に収穫量が多いのは9月で、その時期は農場中が鮮やかな色で満ちるそうだ。さらに、ロバと鶏の飼育、量は少ないが養蜂も行っている。
農場で働く従業員は現在6名で、さらに2名の研修生も通っている。小規模な農場なので、トラクターなどの大型機械を入れての農作業は難しく、昔ながらの農具をつかった手作業がメイン。3月から6月にかけての苗を植える時期が、最も忙しいのだとアルノーさんが教えてくれた。
「農場責任者と一緒に、効率の良い動線やシステムを考えて取り入れたんだ。手作業でもできるだけ負担なく働けるようにね。農具や資材は長く使えるものを用意して、ゴミが出ないようにしているよ。以前はレストランの有機ゴミを肥料にできないかと考えていたんだけど、それは法律的に難しいとわかったのと、料理で火を通した食材は肥料に向いていないこともあって、やめたんだ」
農場では収穫物の保管と加工も行っている。半地下で涼しい保管庫の棚には、瓶詰めのフルーツコンポートやトマトコンフィ、ハチミツなどがずらりと並ぶ。レストランで使うソースも、ここで仕込みまで終えてから運んでいるのだそう。一般的な農場では形の悪い野菜や、傷がついてしまった果物は売り物にならないため廃棄されるが、ここではスープ用の素材として十分に使える。せっかくの自然の恵みを無駄にせず、活かし切ることができるのは、レストランと農場が直結する体制のおかげだ。
アルノーさんは、これからさらに栽培する品種を増やしていきたいと語る。来年、再来年と、農場が色鮮やかな季節を迎えるたびに、レストランのメニューはさらに豊富に、美味しくなっていきそうだ。
ミュール・サンマルクのメニューは、毎日変わる。農場から届く食材に合わせて、美味しく食べられるメニューをつくっているからだ。週に1回ずつ「肉の日」と「魚の日」を設けているが、主な食材は野菜、フルーツ、卵。自信を持って良い食材だと言えるものを提供したいというアルノーさんのこだわりから、どのメニューも野菜多めとなっている。
カウンターでの注文の際に、前菜、メイン、デザートそれぞれのサイズを選ぶことができるのも、ミュール・サンマルクの特徴の一つ。少食の人が食べ残してフードロスを出すことがないようにという配慮だが、もちろん小さいサイズにすれば価格も割引になるので、ランチ代を抑えたいお客様にも好評だ。テイクアウトでの利用も可能で、使い捨てカトラリーや紙袋が不要なら、その分の割引もある。
テイクアウト用の容器の持ち込みは、日本でも珍しくはない。かつては鍋を片手に豆腐屋さんへ、といった風景は昭和ノスタルジーと感じられるが、容器ゴミを出さないという観点ではむしろ先進的だったともいえる。今、パリでは鍋ならぬタッパーを片手にレストランへ、という風景を企業が推奨しているのだ。ミュール・サンマルクの主な客層は近隣のオフィスに勤める人々で、いくつかの企業は福利厚生の一環として社員にテイクアウト用のタッパーを支給している。
環境意識の高い層から、健康に気を遣う人、単純に美味しいものを食べたい人、ランチをお得に済ませたい人まで、幅広いお客さまが訪れるレストラン。その全員に、食材とともにアルノーさんの想いも届いている。
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