自然の中にある「食の原点」と、料理人・消費者/生活者がともにつくる食の持続可能性

Global Communication 2024年2月16日

「持続可能な社会」づくりにおいて、「食」は最も重要な要素の一つです。

しかし現状では、気候変動による異常気象、森林破壊、水資源の枯渇、海洋プラスチック問題を含む環境汚染など、さまざまな課題が食の持続可能性を脅かしています。そんな状況を踏まえ、食を提供する役割を担う飲食店・レストランはサステナビリティの必要性を理解し、実践し始めています。

日本でサステナブルなレストランを経営するシェフと、その背中を押し、ともに食に関する課題に取り組む方々に話を聞きました。

PIZZERIAGTALIA DA FILIPPO

森の国 Valley

こだわり食材のピッツァから、食の持続可能性を考える

練馬区石神井公園にある「PIZZERIAGTALIA DA FILIPPO(ピッツェリア ジターリア ダ フィリッポ)」のオーナーシェフ岩澤正和氏は、2006年にナポリピッツァ世界大会で最優秀賞を受賞した一流のピッツァ職人。さらに独自開発した国産小麦や、地元・武蔵野をはじめ日本全国の生産者から仕入れた選りすぐりの食材を使うことで、ここでしか味わえない逸品をつくりだしています。また、レストラン経営だけでなく地域連携や医療従事者支援などさまざまなプロジェクトにも協力していることが評価され、PIZZERIA GTALIA DA FILIPPOは日本サステイナブル・レストラン協会加盟店としてサステナビリティ評価の3つ星を取得、FOOD MADE GOOD Japan Awards 2022では調達賞を受賞しました。

岩澤氏は、レストランのサステナビリティについて次のように語ります。

「今、日本の飲食業のサステナビリティへの意識は、残念ながら高いとは言えません。もちろん、料理人にも生産者にも意識の高い方がいないわけではない。ただ、まだ数が少ないんです。少人数の活動では社会は変わりません。多くの人の意識を高めて、みんなで活動を進めていくことが重要です」

料理人だけでは解決できない課題の一つに、食材があります。

農薬や化学肥料を用いた農業を発展させたことで、人類は安定した味・収量の野菜や果実を得ることに成功しました。しかし、岩澤氏はもっと自然のエネルギーを活かした野菜・果実を知ることが、料理人には重要であると言います。

「化学肥料や農薬を使って安定した農業を行うのを否定するわけではありません。ただ、私自身が畑に出て、実際に土いじりをさせてもらう機会があったんです。すると、農薬を使った野菜と自生している自然な野菜では、持っているエネルギーが全然違うと感じました。これは触れたからこそわかること。畑に行って、野菜に触れて、そういう体験が料理人にはもっと必要で、食の持続可能性にも欠かせないと思ったんです」

料理人にこそ体感してほしい「食の原点」

そんな岩澤氏の背を押すのが、生産者であり地域再生に取り組むSocial Re-generator (地域蘇生人)でもある、株式会社サン・クレア代表の細羽雅之氏です。

細羽氏は2020年にCovid-19を契機に愛媛県、四万十川源流域の人口270人の松野町に一家で移住。町営「森の国ホテル」の再生事業を手掛けつつ、森・農・食から限界集落の蘇生にアプローチしており、不耕起栽培・無農薬・無化学肥料といったリジェネラティブ農業(環境再生型農業)で、水と土の本来のチカラを引き出すことにも取り組んでいます。

「岩澤さんには森の国のピッツェリア『SELVAGGIO』を監修していただいています。ここではできるだけ地元の食材を使っていますが、私は持続可能性を考える時、すべての自然の循環がつながっていると実感できることこそが重要だと考えています。人間も大きな自然の中の一部であり、目の前の食事も遠い未来のこともすべてつながっている。ですがそういうことは、岩澤さんも言った通り、やはり実際に来て、見て、触れてみなければなかなか理解できないものです」と、細羽氏。

リジェネラティブ農業は、土壌を修復して自然環境の回復につなげることを目指すもので、土壌の改善に伴う炭素隔離(吸収)の促進や水循環の改善、生物多様性の回復などにより、気候変動の抑制にも効果があると期待されています。

「リジェネラティブ農業と食の持続可能性がどうリンクするのか。ここにピンと来ていない方は多いでしょう。そこは見て触っていただければ一目瞭然なのですが、やはり、食材は地球環境の中にあるということを体感することが重要ではないかと。そういう「食の原点」を知ってもらうのは、一般の方にももちろん意味はありますが、シェフの方々にはより大きな意味があると思います」

料理人、消費者/生活者がつながる「シェフの聖地」

行って、見て、触れなければわからない。ならば、見て触れられる場をつくろう。

現在、細羽氏が中心となり岩澤氏も協力しながら、愛媛県松野町に「シェフの聖地」をつくるプロジェクトが進んでいます。若手のシェフ、日本の食材や気候・風土に興味を持つ世界中のシェフ、さらにこれからシェフになることを目指す子どもたちに向けて、自然の循環を感じながら料理を学び実践できる場所づくりを目指しており、既に地元食材を用いた新しいレシピの考案や、地域住民の方々に料理を食べていただくイベントなどを行っています。

「日本は幸いなことに、とても平和な美食の国です。この国で食は、ただ腹を満たせればいいというものではない。日本の料理人にはもっと食材を使い料理をつくり振る舞うということの社会的使命を考えてほしいんです。料理人が気づいて掘り起こし、未来へつないでいくべき、素晴らしい郷土料理や食材は各地にたくさんあるのですから」と、岩澤氏。

イタリアで修行を積み、石神井や松野町の人々に素材のエネルギーがたっぷり詰まった料理を提供するシェフの目は、料理人や郷土文化や農業や消費者/生活者など「食」に関わる幅広い世界へ、そしてその先にある未来へと向いています。

「シェフの聖地づくり」には、持続可能なフードシステムの構築などに取り組む日本サステイナブル・レストラン協会(SRAジャパン)も協力しています。その代表理事・下田屋毅氏は、料理人や生産者の活動だけで終わらせず、消費者/生活者の理解・ニーズの喚起へとつなげていかなければならないと語ります。

「リジェネラティブ農業はグローバルに注目を集めていますが、日本ではまだ理解が深まっていません。岩澤さんや細羽さんの素晴らしい活動を、ストーリーとして消費者/生活者に伝え理解していただくこと、サステナブルな食を積極的に選んでもらえる社会にしていくことが、飲食店、生産者、そして食そのものの持続可能性の実現につながります。そのために、私たちも企画や広報等を含めさまざまな面で協働していければと考えています」と下田屋氏。

「食」はすべての人類に関わる課題。無関係な人は誰一人いません。

料理人として、生産者として、消費者/生活者として。それぞれの立場から皆で一緒にサステナビリティに取り組んでいくことが、今、求められています。

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